2008年09月12日

Kiss From A Rose



Kiss From A Rose − 薔薇のキス
Seal

There used to be a greying tower alone on the sea.
You became the light on the dark side of me.
Love remained a drug that's the high and not the pill.

かつて海のそばに古ぼけた塔があった。
君はぼくに巣食う闇の光となった。
愛は麻薬のまま、高みにあり、錠剤ではない。

But did you know,
That when it snows,
My eyes become large and,
The light that you shine can be seen.

だけど知っているかい
雪が降るとき、
ぼくの眼は大きくなり、
君が放つ光が見えるようになるってことを。

Baby,
I compare you to a kiss from a rose on the grey.
...kiss from a rose on the grey.
Ooh,
The more I get of you,
Ooh...................
Stranger it feels, yeah.
And now that your rose is in bloom.
A light hits the gloom on the grey.

君よ、
ぼくは君を薔薇のキスにたとえよう。
白髪への薔薇のキスにたとえよう。
ああ、
君のことを知れば知るほど、
ああ、
そのキスは不可思議に感じられる。
そして今、君の薔薇は満開だ。
白髪の薄暗がりを照らす光だ。

There is so much a man can tell you,
..there....................woa...
So much he can say.
there's so much inside.
You remain,
you.......
My power, my pleasure, my pain, baby
To me you're like a growing addiction that I can't deny.. yeah.
Won't you tell me is that healthy, baby?

男が君に伝えることは多すぎ
彼が言えることは多すぎ
内側には多すぎるのに
君はそのまま
君は・・・
ぼくの力、ぼくの快楽、ぼくの痛みを、君に。
ぼくは君に溺れてしまう。君は拒否できない快楽、育ち続ける快楽だ・・・
教えてくれ、それって健全かい?


ご存知、"Batman Forever"の主題歌。Sealはイギリス出身の黒人歌手。強烈なスキンヘッドが印象的だが、これは病気によるもの。狙ったわけではないらしいが、歌声と奇妙にマッチし、セックスアピールすら感じられる。

この歌は比喩表現が多く、読解が難しい。たとえばgreyは白髪、高齢、暗がりなど、灰色を核とした幾つもの意味があり、そのどれに訳したらいいか、大分迷った。

ただこうした現代詩的な歌詞は、きちんと一元的に解釈できるものでなく、ある意味的広がりをもって読むのが常道なので、あまり厳格に読み込まずに、メロディとともに歌手の情緒を読み取ったほうがいいとは思う。
posted by leprechaun at 17:09| Comment(8) | TrackBack(2) | 洋楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月27日

Baby Love



Baby Love by The Supremes
好きだったのに

Ooh baby love, my baby love
I need you, oh how I need you
But all you do is treat me bad
Break my heart and leave me sad
Tell me, what did I do wrong
To make you stay away so long

ええ好きなの、あなたが好きなの
そばにいてほしいの、いてほしいの
けれどあなたは冷たくて
わたしをふって、出て行った
教えて、わたしのどこが悪かったの
あなたをそんなに遠ざけるなんて

cause baby love, my baby love
Been missing ya, miss kissing ya
Instead of breaking up
Let's do some kissing and making up
Don't throw our love away
In my arms why dont you stay
Need ya, need ya
Baby love, ooh, baby love

そう好きなの、あなたが好きなの
あなたが恋しい、あなたのキスが恋しい
別れるより
キスをして一緒になりたいの
わたしたちの愛をすてないで
どうしてわたしの腕の中にいてくれないの
いてほしい、あなたがいてほしいの
好きなの、ええ、あなたが好きなのよ

Baby love, my baby love
Why must we seperate, my love
All of my whole life through
I never loved no one but you
Why you do me like you do
I get this need

好きなの、あなたが好きなの
どうして別れなくちゃならないの、ねえ
これまでの人生のなかで
あなた以外の人を愛したことはなかったわ
どうしてあなたはそんな酷いことをするの

Ooh, ooh, need to hold you
Once again, my love
Feel your warm embrace, my love
Dont throw our love away

抱きしめたいの
もう一度、あなたを
あなたの暖かさを感じたいの、ねえ
わたしたちの愛を捨てないで

Please dont do me this way
Not happy like I used to be
Loneliness has got the best of me
My love, my baby love

お願い、こんな風にしないで
もう前のように幸せじゃないの
寂しくてしかたないの
好きなの、あなたが好きなの

I need you, oh how I need you
Why you do me like you do
After Ive been true to you
So deep in love with you

好きなの、ええ、あなたがとても好きなの
どうしてそんな酷いことをするの
あなたが本当に好きだったのに
心の底から好きだったのに

Baby, baby, ooh til its hurtin me
til its hurtin me
Ooh, baby love
Dont throw our love away
Dont throw our love away

心が痛いわ
そんなに好きだったのに
ほんとうの愛だったのに



Motown (= Detroit Pops)の代表格といえば、この歌だろう。64年にリリースされ、英米でチャート一位を獲得した名曲である。

Diana Rossの甘く切なくも力強いvocal、軽快ながら印象強い音楽は、今なお根強いファンが多い。

SupremesはFlorence Ballard, Mary Wilson, Diana RossとBetty McGlownら黒人4人娘によって59年に結成されたユニットで、彼女達はBrewster-Douglass Housing ProjectsというDetroit市の都市計画によって建設された、低所得層向けの団地の住民であった。

60年代を通してヒット曲を連発し、60年代の象徴ともなっているが、その後はDiana Rossに代表されるようなソロ活動がメインになっている。

歌詞は平易でAmerican English的で感覚的・直情的だが、そのぶん日本語には訳しづらかった。
posted by leprechaun at 12:19| Comment(2) | TrackBack(0) | 洋楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月04日

Five Hundred MIles



Five Hundred Miles
故郷を離れて

If you missed the train I`m on, you will know that I have gone.
You can a whistle blows a hundred miles.
A hundred miles, a hundred miles, a hundred miles.
You can a whistle blows a hundred miles.

時間までに来なかったら、あなたとはお別れです。
あなたは百マイルも彼方から、汽笛が鳴るのを聞くでしょう。
わたしが乗った汽車の汽笛を。

Lord I`m one, Lord I`m two, Lord I`m three, Lord I`m four,
Lord I`m five hundred miles from my home.
Five hundred miles, five hundred miles, five hundred miles.
Lord I`m five hundred miles from my home.

神様私は百も、神様私は二百も、神様私は三百も、神様私は四百も、
神様、私は五百マイルも故郷から離れてしまいました。

Not a shirt on my back, not a penny to my name.
Lord I can`t go home this away.
This away, this away, this away.
Lord I can`t go home this away.

一枚の衣も身に付けず、一銭の金も持たずに
神様、こんなに離れてしまっては、家に帰れません。

If you missed the train I`m on, you will know that I have gone.
You can a whistle blows a hundred miles.



PPMの名歌だが、PPMが作った訳でなく、アメリカで古くから歌われていたhoboの民謡である。

hoboというのはホームレスのことだが、貨物列車などに無賃乗車しては、広大なアメリカ大陸を移動しており、いわば浮浪者という呼び名がふさわしい。(もっともここで言う「浮浪」とは、悪い意味でなく、自由人というほどのイメージである)

彼らは夏には北上して農村の季節労働者として働き、小銭をためては銀行に貯蓄し、冬には南下して越冬するというライフスタイルを送るものが多かった。

奴隷制度があったころは、黒人がそのような季節労働力として使われていたのだが、奴隷解放以後は、hoboがその役割を担うようになった。

彼らの放浪先での寂しさ、懐郷の念、貧困などを切々と綴った歌詞を、PPMは見事に歌い上げた。

移民から始まったアメリカ人は、元はといえば誰しも浮浪者のような存在で、今をときめくObama候補も、出生地はハワイだが、幼時はインドネシアで暮らし、大学は東海岸で、卒業後はイリノイ州に事務所を構えるという、めまぐるしい人生を送っている。

今でも放浪者への憧れ、共感は強く、それがホームレスに比較的寛容な社会となってあらわれているとも言える。

この歌は日本でもヒットしたが、日本ではどちらかと言うと放浪者の悲哀というより、離郷の哀しさに焦点が当てられて受け止められているような気がする。

それは当時(60−70年代)日本は、農村から都会に出てきた青年たちが多かったからということもあるが、日本という社会では、移動、放浪は忌むべきものされているからに違いない。
posted by leprechaun at 20:03| Comment(2) | TrackBack(0) | 洋楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月21日

One

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One

One is the loneliest number that you'll ever do
Two can be as bad as one
It's the loneliest number since the number one

1はすることの中で一番さびしい数だ
2も1ほどに酷いこともあるが
それは1の次にさびしいだけだ(最もさびしいのは1だ)

No is the saddest experience you'll ever know
Yes, it's the saddest experience you'll ever know
`Cause one is the loneliest number that you'll ever do
One is the loneliest number, worse than two

ノーは知っている中で一番悲しい経験だ
そう、知っている中で一番悲しい経験だよ
1はすること中で一番さびしい数だから
1は一番さびしい数だ、2よりも酷い

It's just no good anymore since she went away
Now I spend my time just making rhymes of yesterday

彼女が行ってしまってから全く何もいいことがない
ぼくはyesterdayの韻を作りながら時間を潰すだけだ

One is the loneliest, number one is the loneliest
Number one is the loneliest number that you'll ever do
One is the loneliest, one is the loneliest
One is the loneliest number that you'll ever do
It's just no good anymore since she went away
(Number) One is the loneliest
(Number) One is the loneliest
(Number) One is the loneliest number that you'll ever do
(Number) One is the loneliest
(Number) One is the loneliest
(Number) One is the loneliest number that you'll ever do


Three Dog Nightの名曲。69年に全米5位。"Three Dog Night"とは奇妙なバンド名だが、これはオーストラリア原住民の夜の寒さを表す言い回しにちなむ。彼らは湯たんぽ代わりに犬と寝る習慣があるのだが、寒ければ寒いほど一緒に寝る犬の数が増える。

そしてその寒さを表すのに「今晩は犬一匹分の寒さだ」「犬二匹分の寒さだ」などと言う。つまり「犬三匹分の寒さ」は、犬が三匹ないと眠れないほど寒いということ。

理屈はともあれ、バンドメンバーが3人だからストレートにThree Dogにしたのが本当のようだ。犬を持ってきたのは、当時のバンド名にはやたら動物名を使うのが流行っていたからだが(Eagles, Animalsなど)、素直に使うより多少ひねるのがかっこいい、と考えられていたのだろう。(Beetles→Beatlesなど)

それにしてもオーストラリア原住民のエピソードを使うのは狙いすぎな気がするが、犬と添い寝する、しかもおそらくは焚き火の野外で、という情景は60年代ヒッピーの感覚にfitしたのに違いない。

Three Dog Nightは南カリフォルニアを中心に6年ほど活躍し、"One"のほかに"Mama Told Me Not to Come", "Joy to the World"などのヒット曲を送り出したが、いずれもオリジナル曲でなく、解散とともに忘れ去られていったバンドである。
ラベル:Three Dog Night
posted by leprechaun at 22:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 洋楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月08日

My Girl



MY GIRL ぼくの彼女

I've got sunshine
On a cloudy day.
When it's cold outside,
I've got the month of May.

曇りの日に
日の光が差し込むようだ
外は寒いのに
今は5月のようだ

Well, I guess you'll say
What can make me feel this way?
My girl. (My girl, my girl)
Talkin' 'bout my girl. (My girl)

うん、君は言うだろう
どうしてそんな気持ちになるの、って。
それはぼくの彼女のせいだよ。
彼女のことを話すだけで、そうなるんだ。

I've got so much honey
The bees envy me.
I've got a sweeter song
Than the birds in the trees.

君という蜂蜜がありすぎて
蜜蜂がうらやむくらいさ
君への歌が甘すぎて
木にいる鳥よりも多いくらいさ

Well, I guess you'll say
What can make me feel this way?
My girl. (My girl, my girl)
Talkin' 'bout my girl. (My girl)

うん、きっと君は言うだろう。
どうしてそんな気持ちになるの、って。
それはぼくの彼女のせいさ。
彼女のことを話すだけで、そうなるのさ。

Ooooh, Hoooo.

Hey, hey, hey.
Hey, hey, hey.

I don't need no money,
Fortune or fame.
I've got all the riches, baby,
One man can claim.

お金なんていらない
幸運も名声もいらない。
富はみんな、もらったから
一人の男がもらえる分は、ぜんぶ。

Well, I guess you'll say
What can make me feel this way?
My girl. (My girl, my girl)
Talkin' 'bout my girl. (My girl)

Talkin' bout my girl.
I've got sushine on cloudy day
With my girl.
I've even got the month of May
With my girl.

ぼくの彼女について話そう
彼女といると
曇りの日に日の光が差し込むようだ。
彼女といると
今が五月のような気さえする。



The Temptationsで、"My Girl"。64年のクリスマス・シーズンにリリースされ、翌年にはBillboard1位に駆け上がった名曲である。

The TemptaionsはMotown Songsの代表格で、60年にDetroitで結成された5人組のバンドだ。(メンバーはその時々で入れ替わっており、original memberは一人しか残っていない)

(MotownとはMotor Townつまり自動車の町、Detroitを意味していた。ここには中西部一帯から音楽の才ある若者が集まり、New York, Los Angelesとともに、歌謡産業の中心地となっていたのである。。。ちなみに「デトロイト・メタル・シティ」はこの前提の上に成り立っている)

ソウルをベースにしたパワフルなvocal、軽妙で5人揃った振り付け、バックダンスの多用、などで人気を博した彼らは、ついにこの"My Girl"で初めてチャート1位に上り詰める。

歌自体は自分の彼女を太陽にも五月にもたとえる古典的なものだが、アメリカ民謡"You are My Sunshine"を彷彿とさせる歌詞は、却って人気を呼び、素朴だが力強いメロディはアメリカ人のみならず、世界中の人々を魅了した。

posted by leprechaun at 10:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 洋楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月07日

HOUSE OF THE RISING SUN 朝日のあたる家

英語の歌



HOUSE OF THE RISING SUN
旭日館

There is a house in New Orleans
They call the Rising Sun
And it's been the ruin of many young poor boys
And God I know I'm one

ニューオーリンズに館があった
「旭日館」という館があった
そこは多くの若く貧しい少年らの廃墟だった
神よ、ぼくもその一人だった

My mother was a tailor
She sewed my new bluejeans
My father was a gamblin man
Down in New Orleans

母は裁縫を仕事にしていて
ぼくに青いジーンズを縫ってくれた
父はギャンブル狂で
ニューオーリンズに入り浸っていた

Now the only thing a gambler needs
Is a suitcase and a trunk
And the only time that he's satisfied
Is when he's all drunk

さてギャンブラーがいる物といえば
スーツケースとトランクだけだった
そして彼が満足するときといえば
酔い潰れているときだけだった

Oh mother tell your children
Not to do what I have done
To spend ther life in sin and misery
In the house of the Rising Sun

母よ、子供に言い聞かせてくれ
ぼくがしでかしたことをするな、と
罪と惨めさの中で生涯を送るな、と
朝日の昇る館で

With one foot on the platform
And the other foot on the train
I'm going back to New Orleans
To wear that ball and chain

片足をホームに乗せて
もう片足を列車に乗せて
ぼくはニューオーリンズに戻ろうとしている
その重りと鎖を付けるために

There is a house in New Orleans
They call the Rising Sun
And it's been the ruin of many young poor boys
And God I know I'm one

ニューオーリンズに館があった
「旭日館」という館があった
そこは多くの若く貧しい少年らの廃墟だった
神よ、ぼくもその一人だったんだ



The Animalsの名曲「朝日の当たる家」。

色々解釈のできる歌だが、ストレートに考えれば孤児院か施設で育てられた少年が、長じて他の町で犯罪を犯し、ニューオーリンズの刑務所に戻る、ということになる。

元々は娼婦を歌ったアメリカの民謡で、歌詞は以下の通り。

There is a house down in New Orleans
They call the risin sun.
Its been the ruin of many a poor girl
And me, oh God, I'm one.

My mother was a tailor
She sewed these new blue jeans
My sweetheart was a gambler
Down in New Orleans.

Now the only thing a gambler needs
Is a suitcase and a trunk
And the only time hes satisfied
Is when hes on a drunk.

Hell fill his glasses up to the brim
And hell pass the cards around
And the only pleasure he gets out of life
Is ramblin from town to town.

Oh tell my baby sister
Not to do what I have done
But shun that house in New Orleans
They call the risin sun.

And its one foot on the platform
And the other foot on the train
Im goin back to New Orleans
To wear my ball and chain.

Im going back to New Orleans
My race is almost run
Im goin back to end my life
Down in the risin sun.

There is a house in New Orleans
They call the risin sun.
Its been the ruin of many a poor girl
And me, oh God, Im one.

これから分かるように、元来は旭日館で売春をしていた娼婦が、妹に自分のようになるな、と言い聞かせている歌である。

これをアニマルズは娼婦を少年とアレンジしたために、歌詞が分かりづらくなっている。旭日館を施設という人もいれば、元歌のように売春宿という意見、いや牢屋だ、という声まである。



この歌は64年、イギリスのバンド、アニマルズがカバーし、全英・全米チャート1位に上り詰めた。

歌自体はかねてより知られていたが、ボーカル、エリック・バードンの力強くも狂気の入ったシャウト、オルガン担当のアラン・プライスの旋回するような速い旋律によって、この歌は別歌として生まれ変わり、アニマルズの看板となったのである。

アニマルズはその後、同じイギリスのバンド、ビートルズに押されて歴史から消え去るが、この歌は今なお折に触れて聞くことができる。
posted by leprechaun at 03:05| Comment(7) | TrackBack(0) | 洋楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月01日

Blue Velvet



Blue Velvet

She wore blue velvet
Bluer than velvet was the night
Softer than satin was the light
From the stars

彼女は青いベルベットを身に付けていた
夜はベルベットよりも青く
星からの光はサテンよりもやわらかく

She wore blue velvet
Bluer than velvet were her eyes
Warmer than May her tender sighs
Love was ours

彼女は青いベルベットを身に付けていた
彼女の眼はベルベットよりも青く
彼女のやさしいため息は五月よりも暖かく
愛はぼくらのもの

Ours, a love I held tightly
Feeling the rapture grow
Like a flame burning brightly
But when she left, gone was the glow of

ぼくらの愛を、きつく抱きしめよう
喜びがふくらむのを噛みしめながら
明るく輝く炎のように
けれども彼女が去ると、熱はきえてしまう

Blue velvet
But in my heart there'll always be
Precious and warm, a memory
Through the years
And I still can see blue velvet
Through my tears

青いベルベットよ
しかしぼくの心にはいつも残っている
貴く暖かい、記憶が
年月を経ても
そしてぼくにはまだ青いベルベットを見える
涙を通してだけども


Bernie WayneとLee Morrisによって書かれたアメリカ60年代ソングの代表格だが、歌の雰囲気自体は情緒豊かで、むしろ50年代を彷彿とさせる。それもそのはず、この曲は50年代以前に書かれたものである。

Blue Velvetは50年代にTony BennettやThe Cloversなどによってカバーされたが、最もヒットしたのはBobby Vintonによるカバーだろう。63年には全米1位にランクインし、今でもなお「古き良きアメリカ」を偲ぼううという時には、必ずといっていいほど掛けられる名曲である。

velvetはベルベット、あるいはビロードのこと。ベルベットは英語読み、ビロード(veludo)はポルトガル語読みだが、この布地は16世紀にポルトガル経由で日本に入ってきたため、日本では「ビロード」の読みが定着した。

毛織物の一種だが、普通の織物と違い、立体的に毛が折りこまれているため、触ると毛が折れるサクサクとした高級感があり、ドレスやソファなどに多用された。もっともその毛が重苦しいため、今では余り着る人はいないが、50年代では割合好まれた布地であった。上品だが純潔というよりは貴族的・退廃的なイメージがある。

satinはサテンのことで、日本語ではシュスのこと。チャイナドレスなどに使われている、光沢のある絹織物のことだが、「チャイナドレス」という言葉から分かるように、元々中国原産である。蘇州や杭州で織られたこの織物は泉州からヨーロッパに向けて輸出されたが、この泉州をヨーロッパではzaitunと呼び、それがなまって satinとなったという。



だが考えてみると、泉州はzhuanchuと発音するのに、zaitunと呼ばれるのはおかしく思える。一説によると泉州に多く生えている刺桐の発音がzaitunであったという。もっとも泉州という地名があるのに、わざわざ植物の名をあてるのもヘンなので、実際はも少し込み入った事情があるようだ。

というのはザイトンを紹介したのはかのマルコポーロなのだが、実は彼は中国に来ていないという有力な説があるからだ。「東方見聞録」は中国のことになると、記述が曖昧になり、イタリア人なら当然興味を持つ纏足や喫茶などの風習については何もかかれていない。その上、中国側の記録には、マルコポーロのことは一切書かれていない。実際にマルコが言うように、彼がフビライの側近として地方長官となっていたのなら、その記録が全くないというのは不可解である。

そこから推測すると、マルコは実在しなかったか、あるいは実在しても彼は中国まで行かず、ペルシャあたりで元朝と交易していたベネチア商人らの噂話をまとめただけ、というのが真実らしい。後者の説をとると、マルコは実際には泉州に行ったことはなく、べネチア商人が「zaitun」と呼ぶ都市について、聞いたとおりを記述したのみ、ということになる。

もちろん、本当に泉州に行ったベネチア人もいただろう。むしろ、大モンゴル帝国元の一大貿易港である泉州に、ベネチア商人が一人もいないと考える方がナンセンスとも言える。

ところで、ベネチア商人には文盲が多かった。数学にも暗かったから複式簿記が生まれたという説もあるほど、イタリア人は学問には疎かったし、そもそもマルコポーロは文字が書けず、「東方見聞録」は口述筆記で書かれたともいう。

そのようなベネチア人が、およそ中国の文字を読めたとは思えず、彼らは耳を通して中国の地名を学んだと考えられる。そして彼らは中国人がzaitun, zaitunと呼ぶ港湾都市を知り、マルコに告げた・・・

中国では古来、都市をあだ名で呼ぶ習慣があった。北京は燕都、南京は金陵、成都は芙蓉城、の別名をもつ。正式な都市名は時の政権によって変えられることがたびたびあり、庶民の間では、あだ名の方を多用していたようだ。

そして人々が泉州をそのあだ名である「刺桐」(ザイトン)呼んでいるのを耳にして、ベネチア人らはzaitunと記憶したのが、真相とおもわれる。
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2008年05月31日

Mr. Summer Time

英語 洋楽



ミスター・サマータイム
さがさないで あの頃の私を
ミスター・サマータイムあの夏の日
つぐなえる何かが欲しい
待ち伏せた 誘惑に
誘われて 思わず あなたを忘れたの
たよりなく 若い日々
ただひとつの愛に
そむいてしまったのウー…

Mr. Summer Time
Do not look for me of those days
Mr. Summer Time, on that summer day
Let me recompensate what I have done.
I forgot your love unconsciously
Enticed by the temptation ambushed.
Unreliable those young days
I had betrayed your love,
My sole love.

ミスター・サマータイム
忘れさせて あのひとのまなざし
ミスター・サマータイム失くした恋
よみがえるせつない想い
しのびよる 囁きに
ふりむいたあの日の
ひと時のあやまち
許されるはずもない愛した人はただ
ただあなただけなのウー…

Mr. Summer Time
Let me forget his eyes.
Mr. Summter Time, my lost love
Reviving painful love.
One time mistake
I had made when looking back into
The creeping whisper on that day.
Though I know my mistake is unforgiven,
I still love you, you only.

ミスター・サマータイム
あれは遠い 夏の日の幻
ミスター・サマータイム気まぐれか
何もかも失くした 私
かけがえの ない愛に
包まれていながら気づかずにいたのね
誘惑の 熱い砂 ただひとつの愛に
そむいてしまったウー…

Mr. Summer Time
That should have been an illusion
Far away of a summer day.
Mr. Summer Time, a passing whim
It was me, who lost evertyhing.
Oh, I was not aware of the precious love
Though beeing held by it.
Oh, enticing hot sand
I had betrayed my sole love.



78年、Circusがコーラスした歌。

夏の日の過去の不倫を歌い上げたものだが、そんな生臭いことを抜きにしても、聞いているだけで灼熱の砂やアスファルトの匂いを彷彿とさせられる、名曲である。

元々は“Une belle histoire”(美しき過去)が原曲。Michel Fugainが70年に発表し、フランスを中心にヒットした。



繊細で柔らかなサーカスのカバーとは違い、原歌は男性的で硬い印象がある。後半、女性ボーカルが出てくるのだが、やはり謡は力強い。

それは原詞にも関わりがあるようだ。歌詞は「旅する男女が南仏で出会い、一夜限りの関係を結び、翌朝またお互いの旅路に去っていく」、というもの。

センチメンタルだが、どこか戯画的で、オペラ的な感じさえする。その辺りを歌うと、やはりimpressiveな歌い方になるのだろう。



一方、Mr. Summer Timeの方は、カネボウのキャンペーン歌として使われただけあって、化粧品のように柔らかく、女性的だ。

原詞はフランス語だが、日本語訳はほとんど原型をとどめないほど、別な詞になっている。第一にテーマだが、原詞の「行きずりの愛」が、日本語訳では「不倫」になっている。

その上、女性一人の観点から過去を思い出しながら歌っているよう、変更が咥えられているので、省略が多く分かりづらい。

もちろん、それは日本語では叙情的で、幻想的でさえある「夏の日の思い出」をかもし出すのには十分優れているのだが、英訳するとなると、かなりの困難を強いられたのも事実である。

省略を補うためには主語や接続詞、付帯事情を付け加えなければならないが、そうすると日本語のもつ「たおやかさ」が失われてしまう。そのため、たおやかさを保つよう、フランス語系・ラテン系の語句を使うように心がけた。(entice, recompensateなど)

ビジネス英語などを使っていると、英語は合理的・無機的な言語と思われ勝ちだが、実際には単語選択一つとっても、かなり叙情性の入る余地の大きい言語である。

ちなみにサーカスはこのデビュー曲を足がかりに、「アムール」「American Feeling」などを続々と発表し、スターダムにのし上がるが、原作家の方はその後が続かず、やがて歴史から忘れ去られる運命を辿ることになる。
posted by leprechaun at 12:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 洋楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月30日

Dust In The Wind


英語




"Dust In The Wind"
風の前の塵(すべては風の中に)

I close my eyes
Only for a moment and the moment's gone
All my dreams
Pass before my eyes in curiosity
Dust in the wind
All we are is dust in the wind

ぼくは眼を閉じる
ほんの瞬間だけ、そしてその瞬間は過ぎ去り
ぼくの全ての夢は
不思議にも眼の前を過ぎる
風の前の塵
ぼくらは皆、風の前の塵だ

It's the same old song
We're just a drop of water in an endless sea
All we do
Just crumbles to the ground, though we refuse to see
Dust in the wind
All we are is dust in the wind

また同じ古い歌
ぼくらは果てのない海の一滴でしかない
ぼくらがすることは皆
見たくはないが、砕けて地に落ちるだけ
風の前の塵
ぼくらは皆、風の前の塵だ

Don't hang on
Nothing lasts forever, but the earth and sky
It slips away.
And all your money won't another minute buy
Dust in the wind
All we are is dust in the wind
Dust in the wind
Everything is dust in the wind

我慢することはない
大地と空のほかは、何も永遠には続かない
みなすり抜けていく
金は一分という時間も買えはしない
風の前の塵
ぼくらは皆風の前の塵
風の前の塵
すべては風の前の塵



"Dust in the Wind"、アメリカのバンド、Kansasが77年に発表した曲で、翌年には全米6位にチャートインした。

KansasはTopekaで結成されたバンドで、progressive rockとして位置づけられることが多い。Topekaはカンザス州の州都であるが、アメリカの通例としてさほど大きい都市ではなく、州内には他にWichitaやKansas Cityなどの大都市を抱える。

(アメリカでは州を結成して連邦に加入するさい、それぞれの地域の利害が対立しないよう、大都市を避けて辺鄙な場所に州都が選ばれることが多かった。たとえばCalifornia州ではSan FranciscoやLos Angelesを避けてSacramentoが、Illinois州ではChicagoを避けてSpringfieldが州都とされた)

そのさびしい中小都市を母地としたせいか、この曲はアコースティックギターやバイオリンの音が孤独に響き、わびさびの世界をも彷彿とさせる。"all we are is dust in the wind"なる歌詞も、平家物語の「ひとえに風の前の塵に同じ」と繋がりがあるようで、作者が(平家物語の土台となった)仏教思想に傾倒していたのではないか、と思わせる。

もっともカンザスは竜巻が多く、しかも強烈で建物などを平気で破壊してしまう。通った後には本当に塵瓦礫しか残らないため、そこからこの歌詞が生まれたと考えるのが自然だろう。

またその重厚なメロディーや"Earth and sky"などの歌詞からは、仏教思想よりはスケールが大きく、厳かな黙示録的な雰囲気が感じ取れる。いったいにアメリカ人は仏教のことを余り良く理解してはおらず、キリスト教概念の中で理解してしまうことが多いのだが、そうすると「無の思想」は無の中に有が含まれているものとは理解せず、無は所詮無だ、と一笑に付すか、この歌のように黙示録的な神秘主義として理解してしまうことになりやすい。

実際作者Kerry Livgrenはその後、次第にキリスト教色を強め、Kansasから距離を置くようになる。それと共にKansasは色を失い、やはり忘れられたバンドになっていくのである。
posted by leprechaun at 11:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 洋楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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